[人物] 崇峻天皇(すしゅんてんのう)


崇峻天皇:蘇我氏に擁立された悲劇の天皇

崇峻天皇(すしゅんてんのう)は、日本の第32代天皇で、在位期間はわずか5年という短いものでした。彼は、有力豪族である蘇我氏によって擁立され、最終的には蘇我氏の権力者、蘇我馬子によって暗殺された悲劇的な人物として知られています。


即位と蘇我氏との対立

崇峻天皇は、蘇我馬子の力によって天皇の座につきました。しかし、即位後は、馬子が政治の実権を握り、自分の思い通りにならないことに不満を募らせていきました。

『日本書紀』によると、ある日、崇峻天皇がイノシシを見て「いつかこのイノシシの首を斬るように、私が憎いと思っている者も斬ってしまいたい」とつぶやいたと記されています。この言葉が、蘇我馬子の耳に入り、馬子は自分に対する反発だと感じ、天皇との対立は決定的なものとなりました。


蘇我馬子による暗殺

馬子は、崇峻天皇の言葉をきっかけに、天皇の排除を決意します。592年11月、馬子は東漢駒(やまとのあや の こま)に命じ、崇峻天皇を暗殺させました。

天皇が豪族によって暗殺されるという事件は、日本の歴史上、前代未聞の出来事でした。これは、蘇我氏の権力が、天皇の権威をも凌駕するほど絶大なものになっていたことを示しています。


まとめ

崇峻天皇の死後、馬子は推古天皇(すいこてんのう)を擁立し、聖徳太子(しょうとくたいし)を摂政とすることで、自身の権力をさらに強固なものにしました。崇峻天皇の短い治世は、天皇が権力を持つ豪族の言いなりになる時代から、天皇を中心とした国家づくりへと移行する過渡期であったとも言えるでしょう。

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