鎌倉(かまくら)時代は、1185年から1333年までの約150年間、鎌倉に幕府が置かれた時代です。
源頼朝によって武士が政治の実権を握り、その後は北条氏による執権政治が行われました。
鎌倉時代の年表 📜
📌 鎌倉時代前期(12世紀後半〜13世紀前半)
| 西暦 | 和暦 | 出来事 |
|---|---|---|
| 1185年 | 文治元年 | 源頼朝、壇ノ浦の戦いで平氏を滅ぼす。 朝廷に守護・地頭の設置を認めさせる。 |
| 1192年 | 建久3年 | 源頼朝、征夷大将軍に任じられ、鎌倉幕府を開く。 |
| 1199年 | 正治元年 | 源頼朝、死去。息子の頼家、実朝が将軍となるが、実権は北条氏が握る。 |
| 1219年 | 建保7年 | 源実朝が暗殺され、源氏の将軍家が断絶する。 |
| 1221年 | 承久3年 | 承久の乱。 後鳥羽上皇が幕府打倒の兵を挙げるが、北条義時に敗れる。幕府は六波羅探題を設置し、朝廷の監視を強める。 |
| 1232年 | 貞永元年 | 北条泰時が御成敗式目を制定。武士の法律を明確化する。 |
📌 鎌倉時代後期(13世紀後半〜14世紀前半)
| 西暦 | 和暦 | 出来事 |
|---|---|---|
| 1274年 | 文永11年 | 文永の役。 元(モンゴル帝国)が日本を襲来する。 |
| 1281年 | 弘安4年 | 弘安の役。 元が再び日本を襲来する。 日本は神風(台風)にも助けられ元軍を撃退する。 |
| 1297年 | 永仁5年 | 永仁の徳政令が発布される。御家人の窮乏を救うために、借金の帳消しを命じるが、あまり効果はなかった。 |
| 1333年 | 正慶2年 元弘3年 | 鎌倉幕府滅亡。 後醍醐天皇の倒幕運動に対し、足利尊氏や新田義貞といった有力御家人が離反。鎌倉を攻め落とし、鎌倉幕府は滅亡した。 |
📝 豆知識
- 御成敗式目は、武士にとっての最初の成文法です。これにより、武士社会の秩序が保たれるようになりました。
- 元寇は、日本が外国から大規模な侵攻を受けた初めての出来事でした。

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